「九月の雨」には、区別して残したい二つの日付がある。1977年7月1日に『こけてぃっしゅ』の一曲として現れ、9月1日に太田裕美の九枚目のシングルとなった。ソニーのシングル回顧も、アルバムからのシングルカットと明記している。暦の上ではわずかな隔たりでも、作品の捉え方には大きな違いをもたらす。アルバムでは九曲を経て到達する結末であり、シングルではそれだけで完結した出会いを成立させなければならない。同じ作品が、一つの順序の到達点を見つめる注意と、ただちに相手を認める注意の両方を求めるのである。
題名は、その認識にきわめて短い住所を与える。九月は繰り返す一年の中の特定の位置を、雨は多くの場所で起こりながら、どこでも同じには感じられない条件を示す。合わせると、反復と変化が最初から同居する場面ができる。これは歌詞の代わりにその内容を引用し直すのではなく、題名を読む試みである。月はまた巡ってくるが、その月を迎える人の記憶は変わっている。こうした名前は季節ごとの想起を可能にすると同時に、最初の発売時とはまったく違う事情を持つ聴き手の経験も受け入れる。
作家の署名は明確だ。作詞が松本隆、作曲と編曲が筒美京平。とりわけ編曲を省略しないことが重要である。萩田光雄はアルバムの多くを編曲しているが、この曲は担当していない。アルバム全体で目立つ名前を各曲へ機械的に移せば、仕事の分担の変化が隠れてしまう。事実の正確さだけでなく、著作者という考えを複数の行為に分けるためにも、この区別は役立つ。言葉は呼びかけの可能性をつくり、作曲は音楽の関係を組織し、編曲は具体的な提示のかたちを組み立てる。役割を名づければ、未確認の楽器や録音参加者を想像で足さずに、解釈の足場を具体化できる。
ソニーによる太田裕美と秋本治の対談では、この歌がアルバムの中の例外として浮かび上がる。太田は周囲の明るい曲と、その性格を区別している。そこから考えられるのは、劇的な強さが常時の高揚ではなく、対照によって生まれる可能性だ。作品の重要な瞬間を説得的にするために、すべての曲を同じ感情の位置へ置く必要はない。曲順の終わりにある違いは、振り返る力を持ちうる。前の部屋が記憶に残る一方で、最後の部屋が、それらを思い出す際の光を変える。これは批評のモデルであって、隠された制作指示を発見したという主張ではない。
完成したレコードの安定感と、歌い手が後にそれを披露する条件にも隔たりがある。同じ対談では、アルバム録音後、シングルのテレビ宣伝期に太田が発声の難しさを経験したことが語られる。この回想を診断に広げたり、すべての実演の説明に使ったりはできない。録音とその後の宣伝が別の時間に属すると認めるだけで十分である。作品は安定した物として世間を巡っても、それを歌う人は変化する現在と向き合い続ける。よく知るヒット曲の歴史を、そのような人間的な尺度でも捉えることができるのだ。
後年の選曲は、この歌に新しい隣人を与えている。ラジオNIKKEIは2021年の七十年代ニューミュージック特集に選び、KING RECORDSの『Roots of 森口博子』プレイリストは日本と海外の歌手の作品とともにアルバム音源を並べた。これは具体的な選曲の事例であり、普遍的な影響力を数値で証明するものではない。それでも、過去の録音を現在に置き直す二つの方法を示している。一方は時代による枠組み、もう一方は別の歌い手を中心にした選択である。曲名は変わらなくても、そこへ辿り着く道が変化している。
確認済みの配信リンクも一つの道だが、それは確認済みの試聴体験と同じではない。本項目で取得したSpotifyメタデータは曲名と歌手を示す一方、曲をCOUNTRY_RESTRICTEDと記録した。また、配信側の1977年一月の日付を、資料のある七月のアルバム発売、九月のシングル発売より優先していない。YouTubeの公式Topic項目も曲名とチャンネルを別途確認した。こうした境界を守っても、文化的な読みは狭まらない。「九月の雨」は、正確な季節の名と動き続ける公的な生涯が出会う歌である。誰かへの紹介にもなるアルバムの終曲、異なる現在を携えた人が入っていける、古い暦の一地点なのだ。