一九八〇年三月に出たEPOのデビュー作『DOWN TOWN』には、少しゆっくり読むと面白い細部がある。最初の「DOWN TOWN」と、後に「ポップ・ミュージック」につながる同名曲は、詞曲の署名が同じではない。前者は伊藤銀次の作詞と山下達郎の作曲、後者はTony Hatchの作品である。繰り返された地名に見えたものが、二つの歌の歴史を一枚の中に置く。街の中心への道は一つではなく、レコードの上でも事情は同じなのだ。
この並びによって、カバーは先輩に敬意を表す儀式以上のものになる。ソニーは冒頭の曲をシュガー・ベイブのカバーと紹介しているが、アルバムにはEPO自身の創作もある。継承と書くことが同時に起こり、一方が他方のために退席する必要はない。初めてのアルバムを出す歌い手にとって、既存曲を選ぶことも、自作を差し出すことも自己紹介である。選んだ関係から方向を示し、自分の創作でその重心を変えることができる。デビューとは、音楽的な過去がないふりをすることではない。
曲目には「クラクション」「アスファルト・ひとり……」「珈琲タイム」という、別の都市の尺度も残る。警笛、舗装、コーヒー。遠くのスカイラインだった街が、使える日常の大きさへ戻る。それらが社会調査を構成するわけではないが、アルバムへの見方を与えてくれる。ポップスの都市には、豪華な舞台装置が必ず必要なのではない。小さな物や習慣からも作れる。終曲のコーヒーの時間を最初の行き先と並べれば、出かけることと留まることが同じ程度の存在感を持つ。
今はアルゴリズムが一曲だけを届けることもあるが、アルバムにはその先へ歩く許可がある。二つの「DOWN TOWN」は作品の区別を求め、自作とカバーの共存は歌い手のアイデンティティーを広く考えさせる。EPOは古い道を歩き直すだけでなく、複数の道を自分の出発点にする。デビュー盤は名刺であり招待状でもある。私は誰かを伝え、どんな声と一緒に住みたいかを示す。中心へ到着することは、周囲の人を知り始めることにもなるのである。