大滝詠一の『EACH TIME』には「ガラス壜の中の船」という曲がある。物として想像するだけでも、録音を考えるにはよい比喩だ。精密に整えられた小さな世界は、手で持ち運べるが、普通の風景のように入っていくことはできない。アルバムは1984年3月21日に発売された。題名は唯一の決定的瞬間を約束せず、「そのつど」と言う。四十年後に並ぶさまざまな版が、その控えめな英語に思いがけず具体的な意味を与える。
2024年の周年企画は、別ミックス、オリジナル版、録音資料を区別して提示した。わかりやすい例がアナログ再発で、1984年のオリジナル・ミックスによる十二インチ盤に、1985年の「フィヨルドの少女/バチェラー・ガール」を別の七インチ盤として添えている。この配置には編集の意識がある。関連する後年の作品を近くに置きながら、最初から同じ盤に入っていたとは装わない。誠実な保存とは、とにかく多く詰め込むことではなく、物同士の時間差を見えるままにすることでもある。
「夏のペーパーバック」「ペパーミント・ブルー」という題名は、紙と色を持ち込む。瓶の中の船は、閉じ込められた運動を思わせる。これらを、持ち歩ける世界の集まりとして読むこともできる。全曲が一つの物語だと断定する必要はない。本、一つの色、小さな船は、それぞれ異なる境界を持つ。録音されたポップスにも、限られた長さを容器にして、容器より大きく思える感情を入れる働きがある。
ソニーは本作を、大滝が生前に発表した最後のオリジナル・スタジオ・フルアルバムと説明する。その限定は正確に、そして控えめに扱いたい。その後に創作がなかったという意味ではないし、各曲へ別れの予言を背負わせる理由にもならない。むしろ作品が繰り返し現れる様子を見るほうが、生き生きしている。版の違いは過去を消すのではなく、同じ船を別の光へ向ける。初めての聴き手に必要なのは、永遠に正しい置き方より、今回どの配置に出会っているかを知ることだ。