『FAIRY』は一九八五年三月二十一日に発売された、岡田有希子の二枚目のアルバムである。本図は二〇一五年九月十六日発売のUHQCD、PCCA-50213を採用し、原作の十曲と追加された一曲を区別する。題名から軽やかな幻想を思い浮かべることはできるが、レコードは一つの形容詞だけでまとまった世界になるわけではない。始まり、曲順、複数の作者からの作品、終わりには、それぞれ判断が必要だ。聴く前に夢のような雰囲気を答えとして置くより、違う素材をどう組み合わせると、聴き手がしばらく滞在したくなる場所を作れるのか、と考えてみたい。
元の順序は「風の魔法で・・・」に始まり、「ポップ・アップ・リセエンヌ」で閉じる。その間には「Walking In The Moonlight」「森のフェアリー」「あなたを忘れる魔法があれば」などがある。題名は共通する想像の語彙を作るが、全曲を一つの筋書きの章だと決める根拠にはならない。アルバムの連続性はもっと緩やかでもよい。人物、時間、場面が同じでなくても、近い想像の仕方の間を移ることはできるからだ。その読み方なら、全体の呼応に気づきながら、個々の曲を独立した作品として残せる。宣言されていないコンセプトの物語を後から補わずに、一枚をたどる方法である。
制作の関係からも、別の連続性が見える。原アルバムの編曲は松任谷正隆が一貫して担い、詞曲には尾崎亜美、堀川まゆみ、かしぶち哲郎ら複数の人々が参加した。よく知る名前があっても、いつも同じ職務で入っているとは限らない。作詞、作曲、編曲を別に記録すれば、具体的にたどれる共同作業としてレコードを理解できる。トータル・アレンジとは、すべての曲へ同じ表面をかぶせるより、差異を共存させる仕事と考えることもできる。岡田の演唱は、その組織された世界を、署名一覧の上の計画ではなく、受け手へ向けた歌として成立させる場所にある。
四曲目「二人だけのセレモニー」には、版についての重要な注意がある。ポニーキャニオンの復刻ページは単純な曲名を保つ一方、この商品の販売資料はAlbum Versionと記す。また、レーベルの別の目録にはSingle Versionの表記がある。同じ作品がアルバムに置かれ、シングルとしての歴史も持つことと、両者が同一の音源であることは違う。作品の連続性と録音の違いを、一緒に残しておきたい。未比較の音の差を大げさに説明する必要はない。資料の指定だけでも、なじみのある曲をアルバムへ迎える際に、どの形で置くかという選択がありうることがわかる。
二〇一五年版の最後には「PRIVATE RED」が追加された。もともと「二人だけのセレモニー」のシングルの裏面にあった作品である。これは付録としての位置であり、一九八五年の原作を十一曲だったと書き換える理由ではない。その追加によって、別の隣接関係が見えるようになる。別々の物の裏側で出会った音楽が、復刻の末尾へ移り、代表曲のシングルとしての背景を照らす。後の聴き手にとって便利であると同時に、来歴を示せる編集行為でもある。わかりやすさと正確さは対立しない。なぜここにあるかがわかるほど、拡張された版へも入りやすくなるだろう。
幻想という語は、現実から何も受け取らない世界を意味するとは限らない。日常の言い方や親しい感情を、少し違う順序で置くことからも、想像の場所は生まれる。題名に現れる夜や魔法を、そのまま歌手の人生の説明に使うより、作品が聴き手へ差し出す語彙として扱いたい。そうすれば、私的な物語を勝手に補わずに、アルバムの表面が持つ豊かさを楽しめる。現実の制作を確かめながら、想像の窓は開いておく。その二つを同時に行えるのが、曲順を読む面白さだ。
こうして見る『FAIRY』の幻想は、曖昧な空気というより、順序を持った開放性である。複数の作者が違う問いを持ち寄り、編曲と歌声がそれを続けて近づける形へ置いていく。十曲の本体を進み、十一曲目で別のシングルの線に出会えば、当時の作品と後の整理を一緒に理解できる。異なる夜景に開くいくつかの窓は、視覚的な比喩になるかもしれない。窓枠は秩序を与え、外の景色は変化を残す。それは編集上の想像であるが、複数の源から来た音楽が一枚の中に具体的な場所を得た、という資料で確認できる事実に応えている。その違いに気づくことも、作品への親しみ方の一つだ。