このアルバム名には、二種類の尺度がある。金曜日は一週間の中の一日で、二時は一日の中の時刻だ。中原めいこのセカンドアルバム『2時までのシンデレラ -FRIDAY MAGIC-』では、カレンダーと時計が並び、文字から作品へ入る道を作っている。シンデレラという言葉から、すぐに物語を決めつける必要はない。まず示されるのは、ある瞬間まで選択が可能だという、区切られた時間だろう。その境界を期待と読むことも、有限性と読むこともできる。題名は、聴き手の気分を一方向へ固定しないところにも面白さがある。
公式に示された十曲の曲順を見ると、この時間の遊びには折り返しがある。A面の冒頭は「FANTASY」、盤を返したB面の冒頭は「FRIDAY MAGIC」。つまり、始まりが二度ある。レコードを裏返すのは媒体に必要な動作だが、注意の動作にもなりうる。いったん止まり、それでも続きを選ぶ。配信の一覧では、六曲目は単なる途中の位置に見えやすい。A面とB面の記号を残せば、別の読み方も残る。連続してアクセスできる便利さと、音楽の時間をどのように区切るかという問題は、同じではない。
最後の曲は「2時までのシンデレラ」であり、アルバム名のもう半分が出口に現れる。広がりのある幻想から、指定された時刻へ向かう配置として読むことができるだろう。ただし、これは公表された題名と順序に対する批評であって、本人がコンセプトアルバムと宣言したという主張ではない。作者の代弁をしなくても、構造は意味を生む。作品が本当は何を伝えたいのかと急いで問いすぎると、始まり、再開、停止という、すでに目の前にある形式を見落としてしまうことがある。
冒頭曲では中原が詞曲、歌唱、制作を担い、新川博が編曲を担当している。題名の魔法には、それを作る人間の仕事が伴う。幻想という言葉は軽くても、想像の世界を成立させるには具体的な作業が必要なのだ。だからこの一枚を、ただ心配のない時代の象徴へ置くのは少し惜しい。有限の時間の中で楽しさを組み立てる主体性も、作品の現代性として残しておきたい。喜びは、配分や段取りを持つからといって、偽物になるわけではない。金曜日と二時の間には、解放と構成の両方が入り込める。
ここで記録する具体的な盤は、Universalが二〇二二年八月三十一日に発売したUPJY-9226のLP再発で、作品の初出は一九八二年に属する。二つの日付を分けるのと同じように、二つの面も見えるままにしておきたい。十曲、二面、二度の始まりという小さな構造は、よく知られた一曲の背景へアルバム全体が縮むのを防ぐ。幻想の後も進み、盤を返して始め直し、最後に題名の時計へ近づく。その時間をもう一度たどれば、夜をどう受け取るかという選択は、聴き手の手にも戻ってくる。