「飛んでイスタンブール」は、物語の前に移動と行き先を示す題名だ。地名は持ち運べるものになり、行ったことのない人も遠い都市の響きを口元に置ける。ここで考えているのは題名であり、引用していない歌詞を説明しているのではない。固有名詞が親しいものになる一方で、聴き手の経験の外にある場所を指し続けるという、ポップソングの働きが見える。そこで生まれる近さは、地理よりも想像力に属する。口には馴染んだ都市が、実際の旅人にはまだ未知である。その隔たりは欠点というより、作品を考える出発点になる。
このシングルの発売日は一九七八年四月一日。クレジットでは、ちあき哲也が作詞、筒美京平が作曲、船山基紀が編曲を担当する。庄野は、それらの貢献が一つの公的な印象として届く時の歌い手である。本人も曲を書く音楽家だからこそ、役割を分けておく意味は大きい。歌うことは広い意味での創造性の欠如ではないが、その創造性を具体的な作詞作曲の署名と混同してはいけない。資料は誰が何をしたかを示し、聴き手はしばしば一つの声へ出会い全体を結びつける。その両方を残しておくことで、仕事の正確な分担と経験のまとまりを同時に考えられる。
本人の回想には、小さな選択が残っている。三つのデモを聴いた翌朝、自然に口ずさんでいたのがこの曲だったという。それは記憶の出来事についての話であり、ヒット曲を作る公式ではない。すぐの判断と、意図しない回帰との距離に、この話の面白さがある。意識的な注意が別の場所へ移った後も、曲が日常に残ることがあるのだ。この逸話から具体的な音楽の特徴を逆算したり、後のすべての聴き手の反応を説明したりはできない。それでも、公に知られる前に、招かれていない何かが一人の朝へ帰ってくるという、小さな尺度を批評に与えてくれる。
地名を使う題名からは、別の問いも生まれる。遠くの場所を思い描く楽しさと、その土地を知ることを、どう区別すればよいのだろう。答えは、必ずしも空想を禁じることではない。連想を誘う名称と文化的な記述との間に、境界を残せばよい。クレジットはこの録音がトルコの音楽伝統を表すとは示しておらず、このページもそう主張しない。イスタンブールは想像上の行き先になれるが、現実の住民や歴史の代わりにはならない。その限界を認めることは楽しさを取り上げることではなく、曲との関係をより正確にすることだ。地名の向こうに、歌の中へ収まりきらない現実がある。
発売の文脈が変わると、出会いの大きさも変わる。シングルでは「潮風のサーファー」がもう片面にあり、『ルフラン』では十一曲中の四曲目に置かれる。二面を持つ物と、アルバムの連続した曲順とは、異なる隣接関係を作る。片方は裏返すことを促し、もう片方は他の作品の後に有名曲を到来させる。これは媒体と配列についての観察で、各発売物の音が同一だという主張ではない。録音、編集、マスターが一致するか確認されていなくても、作品としてのつながりはある。慎重なアトラスはその違いを見せながら、技術的な注意によって文化的なつながりまで見えなくしないようにしたい。
有名な題名は、公の記憶が時間をどう縮めるかも示す。一曲が紹介になり、歌手を思い出す略号になり、すべての新作を追っていない聴き手の帰る住所にもなる。どの使い方も、それだけで浅いわけではない。略号を完全な伝記として扱った時に問題が生じる。本人のシングル紹介は、この歌を長く伴ってきた存在として位置づけている。その親しさを受け止めながら、後の人生ですべてを説明したり、昔の曲が後の出発を予言したと考えたりせずに済む。愛着には反復が必要なこともあるが、それを支えるために人の歴史まで反復的になる必要はない。
だから、この項目では一曲を最終的な定義ではなく、出会いの場として扱う。作詞家、作曲家、編曲者、歌手、発売形式、聴き手は、それぞれ異なるものを持ち寄る。題名の目的地は鮮明な認識の目印になるが、認識は外へ開くことができる。収録アルバムへ、別々の技術へ、庄野自身が書いた作品へと進んでよい。今日の一つの分類に入るほどお洒落かどうかより、これほど簡単に名を呼べる歌が、どう新しい関係を保ち続けるかを考えたい。親しさは地図を閉じる理由ではない。そこから次の道を描き始めるための印にもなれるのである。