『REQUEST』という言葉には、選曲を頼む声や、返事を待つメモの気配がある。竹内まりやの1987年のアルバムは、その往復を具体的な形にした。自分のシングル曲に加え、ほかの歌手へ提供した作品を自ら歌う構成で、公式紹介は「元気を出して」や「駅」を挙げている。面白いのは所有権を取り戻すことではない。一つの歌が異なる声を経て、別の位置から語り始められることだ。
誰が書いた歌かという関係と、誰の声で初めて知ったかという関係は違う。前者はクレジットで確かめられ、後者は聴き手それぞれの履歴に属する。ポップスを自画像のように考えると、作者、歌手、物語の人物を一人に結びつけがちだ。けれど歌い直すアルバムは、その結び目をほどいてみせる。『REQUEST』で書き手が再び歌い手になっても、以前の歌唱が無効になるわけではない。歌が通ってきた道は消されない。
シティポップの文脈に置くと、風景を必要としない都市性も見えてくる。それは職業のあいだを行き来する動きだ。作詞、作曲、歌唱、編曲、発売によって、同じ作品が異なる場に現れる。街は夜景だけでなく、頼み、手渡し、応える仕事の関係でも成り立つ。アルバムの題名には、その意味でほどよい控えめさがある。すべてを初到着と宣言せず、再会そのものを一枚の主題にできるのだから。
聴き直すときには、これはどの演奏なのか、自分はどの声でこの歌を知ったのか、二つの問いを残しておきたい。答えは一致しなくても、競争しなくてもよい。作者自身の歌唱は新しい参照点を提供するのであって、ほかの版の真贋を決める法廷ではない。複数の関係のなかで作品の意味が広がる。歌には帰りの切符があっても、元の部屋へ住み直す義務はない。途中の旅を携えたまま、別の聴き手へ挨拶できるのである。