「あなただけ I LOVE YOU」は、題名の中ですでに小さな不可能を実行している。数えきれない人に聴かれうる歌が、一人だけに話しかけようとするのだ。日本語の「あなただけ」で宛先を絞り、英語の告白で言葉を開く。その間に、翻訳のための待ち時間はない。題名を読むだけの試みだが、ここにはポップスのラブソングが持つ不思議な構造が現れている。広く流通するほど、それでも私的であろうとする文章。聴き手は実在の誰かの秘密を盗み聞きするのではなく、自分の感情をしばらく置いておける場所を受け取る。その場所には、決まった人物の名前がなくてもよい。
ソニーの楽曲特集では、作詞・作曲が大瀧詠一、編曲が大瀧詠一と松任谷正隆と明記されている。そして歌うのは須藤薫である。何人もの仕事が、一人へ向けられたように感じられる言葉を作っている。このことは、録音された親密さが共同作業によって組み立てられるという逆説を示す。歌手を作曲家の透明な容器にする必要はなく、歌唱を尊重するために作者を消す必要もない。詞曲は話し方の可能性を示し、編曲はその周りの空間を整え、歌はその可能性を人と向かい合う大きさにする。役割は違うが、最後に生まれる時間は一つの出会いに属している。
この曲は一九八〇年、『CHEF’S SPECIAL』の五曲目として現れ、その翌年十一月にはシングルとして発売された。二つの機会は、音楽との出会い方が変わることを考えさせる。アルバムの中では前後の曲と隣り合い、シングルではもっと直接に聴き手を招くことができる。これは二つの版の音が同じだという主張ではない。興味深いのは、一つの題名が元の隣人たちから離れ、別の注意の向け方の中へ入っていくことだ。音楽史は新作が生まれる瞬間だけでできているわけではない。すでにある作品に、もう一度聴かれる機会を用意することも、その歴史の一部をなしている。
ソニーの再発解説は、この曲のサウンドを後の『A LONG VACATION』へつながるものとして紹介している。その道をたどるのは魅力的だが、すべての価値を行き先だけから説明する必要はない。須藤の歌を別の名作への準備としてのみ扱えば、ここで成立した感情の現在が、未来に借り出されたままになってしまう。往復できる道として捉えるほうが豊かだろう。大滝を知ることでこの曲を見つけ、ここへ来ることで大滝の作品群に一人の具体的な歌い手が加わる。影響と協働は、唯一の目的地へ進む廊下ではなく、互いに光を送る部屋になる。大切な曲には、それ自身の現在も残しておきたい。
題名の末尾にある英語は広く通じる言葉だが、冒頭の日本語はあくまで特定の相手を指し続ける。この縮尺の変化が、公に流通することと、感情を曖昧な一般論にしないことを両立させている。作者の私生活で余白を埋めたり、須藤のために架空の待ち合わせを用意したりしなくてよい。差し出されているのは伝記の証言ではなく、ある表現が人の声へ託される可能性なのだ。大勢の知らない人が、それぞれ一人の聴き手になり、それぞれ違う相手を思い浮かべる。人気の大きさと私語の小ささは、互いを打ち消さない。短い題名の中で、その両方が同時に成立している。