ポップスをめぐる「オリジナル」という言葉は、話を不動産争いに変えてしまうことがある。先に歌ったのは誰か、作ったのは誰か、正当な住人はどちらなのか。「MORNING GLORY」は、もっと穏やかな関係を考えさせる。竹内まりやの一九八〇年のアルバム『MISS M』に収録されたあと、作詞・作曲者である山下達郎が、一九八二年の『FOR YOU』で歌った。先行する発売と作者自身の歌声は、同じ地点にはない。それは解消すべき矛盾ではなく、歌の豊かさの一部である。
山下の歌唱を「取り戻した」と表現すると、竹内の歌唱には一時的な預かり人という役が与えられてしまう。逆に、発売が後だから作者の歌唱は付録だと考えるのも窮屈だ。一つの作品が、複数の歌い手によって、それぞれ十分に成立してよい。録音はある一回の表現を残し、詞と曲は別の表現を可能にする。両者の価値はつながっているが、同じ競技の順位ではない。聴き手も、作品と歌い手のどちらか一方だけに忠誠を誓う必要はない。
『FOR YOU』では、「MORNING GLORY」は「INTERLUDE A」の二つの部分に挟まれている。すでにある来歴を持ちながら、このアルバム固有の住所も得ているわけだ。別のレコードに入ることは、表紙だけの交換ではない。新しい隣人ができ、前後の時間が変われば、聴く側の期待も動く。同じ題名でも、その場での働きは周囲との関係で形づくられる。知っていることは、発見の終わりとは限らない。むしろ差を見つけるための準備になることもある。
題名の朝は、この再出発を考える日常的な比喩にもなる。朝になっても昨日は消えないが、今日を昨日のとおりに済ませることもできない。すでに他者の録音がある作品を作者が歌うことにも、継続と新しい機会の両方がある。やり直すことは、必ずしも訂正ではない。後に来るものが、より完成しているとも限らない。歌はもう一度表現することを許す。その違いは、歌い手に、周りに並ぶ音楽に、あるいは前と同じではなくなった聴き手自身に宿るのかもしれない。
『MISS M』から『FOR YOU』へという道筋は、個人のスタイルという考えを広げる。誰にも貸さない財産を囲い込むだけが個性ではない。同じ材料との間に、固有の関係を築くことも個性だ。竹内の録音が先にあると認めても、山下の作者としての位置は弱くならない。作者の名を確かめても、竹内の歌唱の価値は取り消されない。他の版を追い出さなければ成立しない中心を探すのをやめること。それが、この歌を尊重する一つの方法だろう。