『My Dear』には、明瞭な組み立てがある。桜田淳子のアルバムの片面ずつを異なる作曲家に委ね、歌い手が両者をつなぐ。ビクターは初発売を1981年11月5日とし、A面を矢野顕子、B面を小田裕一郎の作曲と記す。LPという物理的な形式が、作品の構造に参加している。盤を返すと作曲の署名は変わるが、歌手は変わらない。単なるアイドル歌謡とシンガーソングライター文化の遭遇ではなく、二人の具体的な書き手の仕事を、一枚の限定されたプログラムへ配置した作品なのである。
前半は「私は憶病者」「きっと きっと」「なぜかためらい」「MY DEAR」「刹那Tic」の五曲。題名だけを読み、連続した筋書きと決めつけずに見ると、ためらい、念押し、親しい呼びかけという言葉の範囲が浮かぶ。表題曲は冒頭や結末ではなく、片面の内部にある。アルバム名も、全曲をあらかじめ支配する宣言ではなく、一連の場面の一つになる。矢野の作曲クレジットは五曲をつなぐが、すべての作詞も担当したという意味ではない。役割を区別することで、強い作家名だけでは覆えない協働の形が見えてくる。
小田による後半は「め・ま・い・・・」から始まり、「With You」「ミスティー」「This is a“Boogie”」「Show Me」と続く。その後寄りに、先に発売された二つのシングルが置かれる。「ミスティー」は六月、「This is a“Boogie”」は九月の作品である。十一月のアルバムは、新しい素材だけを提示するのではなく、すでに世に出た歌を別の関係へ組み入れる。シングルを広告のように全体の先頭へ置かず、一人の作曲家による五曲の中へ配置した点が重要だ。個別に知っていた歌から周囲へ進み、共通する書き手の範囲を広く見渡せる。
編曲には、もう一つの連続性がある。ビクターの2024年の紹介は大村雅朗が「ほぼ全曲」を担当したとし、タワーレコードの曲別表示は本編十曲すべてに大村を記載する。概説と各項目の範囲差は、黙って整合させずに残しておく。確実なのは、その役割が矢野と小田の境界をまたぐことだ。作曲は歌の書き手としての同一性を与え、編曲は録音での提示を扱う。二人の作曲家を軸にするアルバムも、第三の継続的な音楽上の責任に支えられうる。各作家が閉じた世界を完成品として持参したかのような歴史像を、ここで修正できる。
終曲は、関係をさらに複雑にする。タワーは「Show Me」の作詞を桜田自身、作曲を小田、編曲を大村と記載する。二人の作曲家で紹介されがちな一枚の最後に、歌手も書く側の署名へ入る。それを外部作家からの突然の解放という物語にする必要はない。同じ企画の中で、異なる貢献の方法が共存しているのである。他人の歌を歌うことと、自分の言葉を書くことは、排他的な永久の身分ではない。終曲はその交点を具体化し、アルバム全体を一人の作者の印へまとめずに終える。
採用するのは、2024年7月3日発売の十四曲入りUHQCD、VICL-77057である。オリジナル十曲の後に「玉ねぎむいたら…」「哀しみの前奏曲」「恋はSEE-SAW」、シングル版「刹那Tic」が続き、1981年のシングル活動を広く見渡せる。ただし五曲目はアルバム版、十四曲目はシングル版と区別しなければならない。これは公式に示された収録物の違いであり、未試聴の音の差を推測するものではない。四つの追加曲は本編の終わりの後に置かれ、再発の資料的な広がりを担う。初出時の十曲の境界は、そのまま残る。
以前の拡張版VICL-62528には十七曲が入り、その四曲に加えてカラオケ三曲が収録された。ビクターは発売を2007年11月とし、Billboard Japanとタワーの同品番の項目は2008年5月を示す。相違を保ち、どちらも1981年の初発売日と取り違えないことが必要だ。さらに重要なのは、二つの拡張版が別の入口を用意する点である。前者は伴奏版でシングル資料を広げ、2024年盤は歌入りの追加四曲とアルバムの再提示を中心にする。曲数の多さが、そのまま原作としての正しさを意味するわけではない。版と初出プログラムは、違う問いに答える。
2024年の刊行状況自体も歴史的な資料になる。CDJournalは本作を、アン・ルイス、松本伊代、麻生真美子&キャプテン、高村亜留とともに、ビクターのフィーメル・シティポップ再発シリーズとして紹介した。作家や編曲への回顧的な関心を背景に、新しい隣人が与えられたのである。その枠組みが有益なのは、作品固有の構造へ戻るときだ。矢野の片面、小田の片面、大村の継続する役割、桜田の詞による結末は、流行の音を示す交換可能な例ではない。歌手が違いを組み合わせた具体的な企画を記している。後年の各版は、その関係へ再び注意を向ける方法を示す。