尾崎亜美の活動は、歌手と作曲家を斜線の両側に置くだけでは十分に説明できない。曲を書き、編曲を用意し、特定の声を通して世に送り出す。それぞれの責任の境界を、彼女の仕事は繰り返し動かしてきた。テイチクの公式略歴は、1976年3月20日の「冥想/冬のポスター」をレコード・デビューとして記録する。ここで取り上げる『MIND DROPS』は翌年の作品だが、長い発展の初期に位置する一枚である。日本のポップスにおける重要性は、初期の歌い手像を永久の定義にするより、引き受ける仕事がどう変わったかを追うことで見えてくる。
資生堂『花椿』のインタビューでは、ピアノの学習に、訓練と発明がともにあったことが語られる。先生は指定したコードに旋律をつける課題を出し、本人はキャロル・キングを長く憧れてきた音楽家として挙げている。この二つの具体的な記憶は、「クラシックを学んだ」という説明だけでは足りないと教える。技術は自分から提案するためのものでもあり、歌うピアニストの存在は、書くことと演奏することをつなぐ手がかりになった。重要なのは影響源の固定した一覧ではなく、音楽の発想を、他の人に差し出せる形へまとめる習慣である。
職業音楽家への入口にも、具体的な場がある。『花椿』後編で尾崎は、エンプティ・ストリートとしてKBS京都のコンテストに参加し、やがて東芝EMIから声がかかった経緯を語る。コンテストは身近な活動を、公の評価の対象へ変える。同時に、仲間と音楽を作ることと、一人がその音楽を紹介する中心として選ばれることの違いも表面化する。したがってデビューは日付だけでなく、働く環境の変化でもあった。レコード会社、ラジオ、スタジオは、それまで小さな場で行われていた実践を広く届け、新しい組織上の要求も加える。完成したスター像を最初から置かないことで、その過程が見える。
南沙織への「春の予感」は、担当する領域が大きく広がった例である。尾崎はTOKYO FMで、弦を含む編曲も依頼され、準備のために編曲の教本を買ったと振り返っている。実際の仕事のために技能を身につける話であり、十分な自信が仕事に先立って存在したわけではない。馬飼野元宏のニッポン放送の記事は、この経験を、全曲の編曲を自身で手がけた1978年の第三作『STOP MOTION』につなぐ。他者のために書く仕事が、自分のレコードで決められることへ直接戻ってきたのである。シンガーソングライターという肩書きの中身が、制作工程の中で具体的に拡大していく。
公式略歴の提供曲一覧には、杏里「オリビアを聴きながら」、高橋真梨子「あなたの空を翔びたい」、松田聖子「天使のウィンク」、観月ありさ「伝説の少女」がある。これを、同じ公式が誰にでも当てはまった証拠にしてはいけない。依頼は書き手に、別の公的な存在、その期待や条件を考えさせる。認識できる作者と認識できる歌手は、別の人であり続けてよい。尾崎の作品群では、その違いが創作の広がりを生む。各歌手には彼女の活動へ還元できない自分の歴史があり、その中を作品が進む。一方で作者の署名は、聴き手が書き手へ戻るための確かな道として残る。
自身の録音でも、制作上の選択は変化する。馬飼野は『HOT BABY』について、デヴィッド・フォスターにアレンジを委ね、コーラス・アレンジをニック・デカロが担当したと記す。先のセルフ・アレンジの発展に続けて見ると、責任を持てるようになることが、以後すべてを一人で実行することではないとわかる。別の専門家を選ぶのも、能動的な制作判断になりうる。活動は依存から孤立へ向かう単線ではなく、技能を獲得することと、他者の方法をいつ作品へ迎えるかを決めることの両方を含む。自律と協働の関係は、そこで固定した対立ではなくなる。
二枚組『Amii In The Box』は、その二重の活動を明瞭に記録する。公式曲目表は本人の録音をAmii's Selectionに、他の歌手の録音をMarriage with Amiiに分け、後者には松田聖子、杏里、河合奈保子、金井夕子らが並ぶ。同じ書き手を、異なる表現者の姿を通して捉えられる構成である。署名を数として集計するだけの資料ではない。二つのプログラムを隣に置くことで、書いた人と歌った人のあいだの距離が、比較できるものになる。各演唱者も、作者のイメージを運ぶ交換可能な手段ではなく、具体的な人物として見えるままである。
公式年表には、2011年の音楽劇『オリビアを聴きながら』で音楽監督を務めたことも記される。すでに歌曲と結びついた題名が、劇の時間と集団の表現を支える別の場へ入る。この地点から見ると、ピアノでの発想、録音、提供曲、編曲は互いにつながりながら、それぞれ異なる要求を持つ仕事だったとわかる。本図における尾崎亜美の位置は、そうして発展してきた実践の範囲に根ざしている。初期のアルバムはそこへ入る入口であり、一つの時代の印象に彼女を閉じ込める枠ではない。入口の先にある具体的な仕事まで見渡してこそ、その一枚の意味もより豊かになる。