レコードを編曲者順に並べ直したら、なじみの棚が急に知らないものに見えるかもしれない。清水信之は、その小さな実験に向く名前である。EPOの「DOWN TOWN」では林哲司と編曲を分担し、作詞は伊藤銀次、作曲は山下達郎だ。たいてい歌手の名で記憶に入ってくる曲も、索引を変えると別の関係が浮かぶ。音楽史はジャケット中央から外へ広がるだけではない。小さな一行から、多くの表紙を横切って進むこともできる。
ソニーが掲載する『VITAMIN E・P・O』の演奏者一覧は、清水の仕事をさらに具体的にする。ギター、鍵盤類、打楽器の欄に彼の名前がある。遠くから指示を出す抽象的な設計者だけではなく、異なる楽器に手を伸ばせる参加者なのだ。編曲と演奏は上下関係ではなく、一人の仕事の中で互いを説明できる。材料がどう演奏されるかを知ることと、その材料をどう組み合わせるかを決めることは、隣り合うが同一ではない知識である。クレジットは両方を見えるままにしておく。
二〇一五年の『LIFE IS A SONG』は、清水の編曲家歴三十五周年を掲げ、普段の見る向きを反転させた。異なる歌手の作品へ散らばっていた仕事が、一つの名前の下に集まる。書店を一時的に編集者順へ並べ替えるようなものだ。著者を忘れるよう求めるのではなく、形作る仕事をしてきた別の職業が整理の軸になる。面白さは量だけではなく、違いが共存することにある。同じ編曲者が別々の声に応じてきたため、作品集は歌い手の境界を越える構造を得る。
清水の存在によって、個人のスタイルという考え方も柔らかくなる。すべての依頼に同じ看板を付けることだけが作風ではない。共同作業の仕方や、違う要求へ繰り返し応えられる能力にも、それは現れる。署名をたどるとき、何もかも説明する秘密の公式を急いで探さなくてよい。専門的な経験が作品を越えて蓄積し、毎回の録音でまた始まることのほうが興味深い。大きな文字は人を立ち止まらせ、小さな文字は周囲の世界をつなぐ。ときどき読む順番を逆にすると、見える街も変わってくる。