「ロマンティックな夜だわ」という題名には、すでに一つの判断が入っている。夜がロマンティックであることは、気温のように測れる状態ではない。誰かが、その時間に名前を与えているのだ。題名から始めれば、ポップソングのロマンスは風景に初めから備わるものなのか、それとも声が風景へ与える意味なのか、という問いが生まれる。歌手のデートを想像したり、歌を日記として読んだりする必要はない。確かめられる入口は、一九八五年四月三日発売の『BITTER AND SWEET』の二曲目という位置である。
クレジットには三人の座標がある。EPOが作詞・作曲、清水信之が編曲、中森明菜が歌唱。ワーナーの配信告知はEPOの詞曲を明記し、VIVID SOUNDの商品資料は清水の役割を記している。これらは互いに無関係な箱ではなく、一つの歌が形になる過程への別々の入口と考えられる。ジャケットで最も大きな名前から曲を探す人にとっても、その下に続く小さな活字を読むことで、関心の範囲を自然に広げられる。
題名の命名という動作を、批評の中心にしてみたい。ロマンスは誰が扱っても同じ性質を保つ物質ではない。異なる声が同じ判断を口にすれば、距離や含みも変わりうる。だからといってEPO自身ならどう歌うかを空想したり、未確認の録音を比較へ持ち込んだりする必要はない。作者と歌い手が分かれているという事実だけで、作品は誰の設計を保ち、誰の目録に固有の場所を得るのか、という問いが成立する。楽曲提供は、作者の消去でも、歌手を配送係にすることでもない。
アルバムの位置は、その問いを具体的にする。前には「飾りじゃないのよ涙は」のアルバム・ヴァージョン、後ろには「予感」がある。あらかじめ用意されたネオンの背景より、この隣接関係の方が作品を読む助けになる。編集的な解釈としては、二曲目は期待を調整し直す早い機会とも考えられる。一枚の第一印象ができかけたところへ、新しい作者と編曲家の組み合わせが入るからだ。連続した物語でなくても、順序は作品を隣り合わせ、違いを比較できるようにする。
シティポップへの接点は、こうした具体的な仕事に置きたい。中森の活動全体を分類し直さなくても、EPOや清水へ進む道は確かにある。現在の権利元提供のYouTube音源には、『Bitter and Sweet』の二〇一二年リマスターと明記された音源が用意されている。その情報は公開された媒体の身元を示すのであって、付属の画像を自由に転載できることを意味しない。夜をロマンティックと呼ぶのは誰なのか。クレジットはすべての答えを決めないが、問い始める確かな場所を与えてくれる。