「STAY BY ME」の録音資料には、二人のギター担当とは別に、松原正樹のギター・ソロが記されている。この具体的な分担を、そばにいてほしいという題名の隣に置いてみたい。表現の中心は杏里の声だけに限定されず、楽器にも一時的に独立した場所が与えられる。ソロは周りを置き去りにすることではなく、伴奏も歌い手の発言を繰り返すだけの仕事ではない。個人の表現と付き添うことが同時に成立する組織があれば、か弱い発言が、部屋のすべてを独りで支える必要もなくなる。
一九八三年の杏里のアルバム『Timely!!』で、この曲は「WINDY SUMMER」の次に置かれる。作詞・作曲・編曲は角松敏生、歌唱は杏里。前の題名が天候へ向かって広がり、次の題名が二人の間へと狭まることで、曲順には大きさの変化が生まれる。アルバム全体を連続した筋書きに見立てなくても、この隣り合わせは面白い。開放感と、ごく限られた願いが共存できる。一枚のレコードに入る生活が、いつも同じ面積や同じ明るい表情を持つ必要はないのだ。
曲の感情の中心には、関係が別れへ向かっているのに、愛着はまだ同じ速さで終われないというずれがある。無期限の付き添いを契約するというより、状況を理解した後でも、自分の内側の速度をすぐには変えられない。事情を知らないことが問題なのではなく、知っても終わりが容易にならないのである。詞では都会の移ろいがその背景をなす。外の世界は動き続け、私的な時間は同じようには従わない。留まることは距離と同時に時計の問題になる。近くにいる二人が、すでに違う未来に住んでいることもあるのだ。
そこで杏里の歌い手としての位置は繊細になる。完成した表現を届けながら、語り手には同じように完成した解決を渡さないことができるからだ。レコードは繰り返せても、実際の関係は反復だけでは延長できない。芸術が用意する時間と生活が許す時間は出会うが、交換可能にはならない。すべてを元どおりにする要求よりも、この曲は、別れの中でまだ処理されていない部分へ注意を向ける。去る人を有罪にせず、準備のできない人を笑わずに、数分間その状態を置いておける。時間が過ぎても決定は変わらないとしても、その余地は残る。