ギタリストは、ある音楽文化のいたるところで働きながら、その写真には同じだけ写らないことがある。録音の表情を支える手の持ち主が、タイトルよりずっと小さな文字で紹介され、別の作品では同じ人が前面に立つ。芳野藤丸の歩みは、この位置の移動を見つめるための好例になる。公式プロフィールに並ぶのは、ギタリスト、歌手、作曲家、編曲家、プロデューサーという役割だ。肩書きの飾りとしてではなく、一つの歌に必要になる方法が複数ある、と読むことができる。
バンド名は、その移動を公のものにする。SHOGUNの活動はテレビへつながり、一九八二年の『YOSHINO FUJIMAL』では個人名がソロ・アルバムの表に出た。自分の名義でデビューすることは、必ずしも芸術家としての自分が初めて現れることではない。すでにほかの仕組みの中で働いていた人が、別の額縁を得ることでもある。額縁は視線を導くが、中の人間を作り出すわけではない。共同作業を知る前にジャケットと出会うことの多い聴き手には、この区別が大切だ。
しかもソロという枠は、孤独を要求しない。ワーナーの紹介は、初ソロ作の参加者たちを、のちのAB’Sの物語へつないでいる。ここで興味深いのは、優れた個人が集団から脱出するという神話よりも、一つの仕事が次の仕事の出会いの場所になる可能性だ。録音は限られた目的のために人を集め、関係が続くことで、その出会いに未来ができる。実際にどんな会話があったのかを想像で補う必要はない。確認できる結びつきだけで、個性が共同作業の中でも育つことは十分に考えられる。
後年の活動も、その読みを開いたままにする。公式サイトには濱田金吾、原久美との3VOCALSがあり、二〇一八年の『What’s up?』の参加者には井上鑑がいる。それぞれ別の仕事であり、同じ録音の延長と混同してはいけない。ただ、昔のレコードで知られたギタリストが、さらに別の人員配置へ入っていけることはわかる。文化の記憶は完璧な歴史的ポーズを好むことがあるが、働き続ける音楽家が示すのは、まだ静止に同意していない関係の連なりなのである。
誰かを支えることと、自分自身が広く知られることの違いは、一方へ上ることだけが望ましい梯子ではない。働く音楽家は両方の位置を行き来し、そのどちらにも意味のある責任を見いだせる。芳野の歩みが文化的に重要なのは、その可能性を具体的にするからだ。音楽の人生を、名前が最も大きく印刷された瞬間だけで測ってはいないだろうか。別の演奏者を支え、編曲を形にし、自分のレコードを作ることは、一つの真剣な実践としてつながる。署名の大きさが変わってもその実践をたどるとき、評価は少し正確になる。