休暇は、つながりを切る技術として売られることがある。予定から離れ、仕事から離れ、できれば普段の自分まで家に置いていく。「Summer Connection」は、夏の隣に別の可能性を置く題名だ。楽しさは、誰とどう結びつくかを選ぶ時間からも生まれる。季節が関係の組み方を変えても、私たちは他人を必要としない人間にはならない。どんなに見事な脱出にも、その到着をどこかで受け止める人がいる。
ここで扱うのは、大貫妙子の一九七七年の『SUNSHOWER』を開くアルバム版である。公式の曲目説明は、少し先に出た、演奏者の異なるシングル版と区別している。作詞・作曲は大貫、編曲は坂本龍一。同じ作品が異なる協働によって実現するという事実は、題名によく似合う。今ある録音の位置を残すことは、つながりを便利な抽象語にせず、具体的な人々の仕事として受け取ることでもある。
アルバムの入口では、夏はまず招待の形を取る。最初の曲は扉を開けるが、その内側で来訪者が抱くすべての感情までは決められない。この位置から考えると、明るさには寛大な役割がある。楽しい予感が人を中へ導き、その先の世界には複雑になる自由を残しておけるのだ。明るいものが難しさを隠す必要はない。ひとまず入ってみようと思わせ、天気が変わってもそこにいられる信頼を作ることができる。
つながりという言葉は、自由を支える基盤にも注意を向ける。会うには双方の時間が必要で、旅には移動や世話が、録音には中央の名前以外の仕事が要る。それを考えることは、楽しみに道徳的な請求書を添えることではない。助けられていると認めても、楽しさの軽さは失われない。普段の予定では後回しにされる関係に、その関係のための時間を渡せること。夏の魅力には、そんな余裕も含まれている。
「Summer Connection」は、そのような社会的な休暇の考え方を誘う。自由になるために生活を全部捨てる必要はなく、親しさを絶え間なく応答する義務に変える必要もない。よいつながりには、集まる時間と離れる間隔の両方がある。季節と関係を並べる題名は、出発を地理的な移動以上のものにする。他者のために新しい場所を空けることも、出発になりうる。そこでは夏に、景色だけでなく、人と時間の分け方まで収まるのだ。