松下誠を知るために「ギタリスト」という呼び名は役立つ。ただし、その言葉でほかの入口まで閉じてしまいたくはない。AB’Sの公式プロフィールはギターとヴォーカルを並べ、『FIRST LIGHT』の表題曲では作詞、作曲、編曲にも彼の名前がある。複数の肩書きが競争しているというより、制作の異なる段階で引き受ける仕事と考えたい。素材を提案し、置き方を決め、時間の中で成立させる。その動詞をつなげれば、技巧を披露する奏者の輪郭だけでは収まらない姿が現れる。
一九八一年には最初のソロ・アルバムを発表した。ただし、その年を境に、それまでの仕事がすべて準備期間だったと考える必要はない。ソロ作品は、能力の見え方を変えることがある。合奏や他者の作品の中で示されていた仕事が、一つの主名義の下に集まるからだ。前へ出るとは、協働から離れることではなく、慣れた協働の形を組み替えることでもある。ソロを弾くこと、ソロ活動を行うこと、すべてを一人で録音することは別々の命題であり、その距離に面白さがある。
日本コロムビアのParadigm Shift公式紹介では、松下のギターと歌は、ベース、鍵盤、ドラムを担うメンバーとの関係の中に置かれている。個人名義の作品と並べると、中心は移動できるのだとわかる。自分の名前でアルバムをまとめる一方、バンド名の一員にもなる。ここから、裏方が一方向に表舞台へ上がる成功物語を作る必要はないだろう。全体への理解を保ちながら立つ場所を変えられることも、音楽家の力になる。自分の一文を持ちつつ、他者が続ける余地を知る力である。
その仕事の中でも、編曲は見えなくなりやすい。完成した歌の外側へ美しい包装を足すだけの行為ではなく、素材がどの順序、強さ、間隔で届くかを決める働きだ。表題曲「First Light」の複数の創作クレジットは、旋律を提案することと、その提示を組織することを同じ人物の仕事として考える手がかりになる。もっとも、それを孤独な天才の証明に変える必要もない。作者の判断と、周囲の演奏は同時に成立する。署名は関係を一人に吸収させるためでなく、責任を具体的に読むためにある。
松下の姿は、だから一つの分類に固定されなくてよい。ワーナーのカタログには『FIRST LIGHT』と後年の選集があり、公式のバンド紹介には別の活動の線が残る。ジャンル名が新しい聴き手を導くことは有益だが、その名前を音楽家の終身の住所にする理由はない。同じ手仕事が、いくつもの役割のあいだでどのように場所を変えるかを追うほうが興味深い。滑らかさは、抵抗がないことからではなく、抵抗をよく知り、どこで力を他者へ渡すか判断できることから生まれるのかもしれない。